おれはやはり、感情に身を委ねて、物語に溶け込むように観たい。でもそれじゃ残らなくて、今のおれはピュアな感情じゃなくて、そこに流れたら作品がやるせなくなってしまう。だからもっとこう作られたものであることを念頭において、観たいと思っているんだ。
まずは真っ直ぐに、クライマックスへの高ぶりが最高だった。何気ないベンチで会話する三人の内容。でもお前文句言ってなんもしてないじゃん、みたいなのいいなって。まずは自分だよな。ラストシーンで爆発して暴動と警察官の絞殺。
ファクトとして最後の口論でサルはnワードを使った。警察が暴力でラヒームを殺した。調べたら当時は実際に黒人たちと警察間での緊張が強く、事件もあった。
黒人の写真を置けって、そんなこだわることか?っておれは思ったけれど、その背景があるとなるほどってなるなあ。
最後のキング牧師とマルコムxの矛盾する言葉とムーキーの行動。それにdo the right thing、何かこう人間の限界みたいなものを感じる。
おれは日本育ちの日本人だし、体験はしていない。だけど、映画の中で韓国人も出ていた。
このブログで感想として見られるものとして整えようと、いやダメだ!排泄のようにただ感想を書くんだ。、だけれどこう見られる場所に置こうとすることで真摯に作品に向き合える、そしておれの顕示欲、おれは存在している、俺を褒めて、俺かっけー。だけれど、感想として抽出すると自分の心の手から離れて行くのも事実だ。感想とせずにモヤとして、沈黙として自分の中に温める。これが至高だとおれは強く思う。だからこのブログはその考えから逸脱することを助長する行為。それも認めよう。その上で今はこれ!!する!
おれの感想は作られもの。

コメント