仕事に自転車が必要だった。シーツを6枚売って手に入れた金で、自転車を買う。
だが、盗まれてしまう。犯人をひたすら追っていく。必死になって。そして、明けにとる行動とは。
昔の時代、映画だからというものあるが、人々がまっすぐなのが、いいよな。満員の路面電車かバスかにに乗って、もう入れないから出発する。そうすると、残された人々がヘーイ!!って叫ぶ。こんなところ。
今だと、俺もそうだけれど、何かハプニングが起きても自分の中で解決するではないか。おれがもし、街中で野朗とぶつかる、そしたら、ヘーイ!おいぶつかったろ、って言ってみるの、いいなあってそう思ったんだ。you know.
しないんだけれどもね、って言ってみる?
ブルーノが父親の自転車泥棒の犯人探しに必死についてくる姿が可愛らしかった。
アントニオが必死に自転車を探す、教会を荒らしたり、ブルーノを邪険に扱ったり、冤罪をふっかけたり。もしかしたら、冤罪でなかったのかもしれないが。
そして、最後には、ブルーノに先に行ってなさい、と告げ。自分自身がその自転車泥棒になってしまう。家族を養うためだ、仕方がないんだ!!
だが、逃げ切れずに捕まる。自転車の持ち主かしら、ブルーノを見て、訴えるのを取りやめにする。
ブルーノを連れて帰るアントニオの心情はどのようなものだったのか。
もしかしたら、自分の自転車を盗んだ犯人も自分のような立場だったのかもしれない。
自転車がないから、仕事ができない。
貧困の悪循環だ。
これ、身近に似たような事象があるよなあ、でもパッと思いつかない。貧困層が、安く買える炭水化物だけを食べて、より、厳しい状況へと陥ってしまう、とか?うーん、これは違うよなあ。
自分が被害者だけれども、加害者も被害者なのかもしれないという、ことだよな。
腹を空かせた子供が、農家の育てた果物を盗んで食べる。いやでもこれは、ちと違うかなあ。こうなんていうのだろうか、当事者同士ではないよなあって。
まいいや。今日は早く寝よう。もう、奈落へ落ち切って、フローリングで、寝るのはもう嫌だからな。

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