自省録 感想

岩波文庫 神谷美恵子訳

研ぎ澄まされた究極の内省を見ると、理性を高めるのに今も昔も関係ない。無限の過去、深淵の未来、今という小さな場所を生きる他ない。

これからもこの本とは別に体系化されたような難しい哲学書を読むだろうけれど、枕元に置いて実際に毎日読むとなると、この自省録ほど心の平穏を保つのに優れた書物を見つけることは困難を極めるだろう。

本書では理性がいかに強力で不可欠なものであるか、その重要性を説いた。ただ、注意したいのがこの本に書かれていることを真とし過ぎてしまうこと。名誉や称賛は取るに足らないものだ、みたいなことがこの本には度々出てきていて。

一方でおれはこうも思う、若いうちはある程度名誉や称賛を得ようと、他にも欲望に素直に愚直に突き進んでもいい、むしろそうすべきだと。本書の内容を頭に入れつつ、外のことに振り回されて生きてもいいとそう言いたい。何もそこを満たされない状態でこのストア哲学の考えのみを核にしようとすると自分の中でボロが出る。例え話で言うと酸っぱい葡萄的な。you know like、塩梅だよなぁ。

今を生きると言う点では全ての人が等しく心に留めていくべきことだ、なぜなら明日死ぬ者も100年後に死ぬ者も、今という決まったフィールドで生きる他ありえないのだから。

おれはすごく脆くて地に足のついていない人間、だから理性を意識的にやり過ぎくらいに高めて、それで生活する中でぽろっと溢れる少しを不確実性として楽しむ、ぐらいが一番今のおれに合っているんじゃないかって思うんだ。

他人からの評価、名誉が幻である→人生がいかに主観的であるか→人生は孤独である→敵は自分だけだと気づく。

これは悲観ではない、喜びだ。

だから人生についておれは常に死を想い、今死ぬか?と問う。おれはまだ死にたくないわけだから仮に1ヶ月か1年後に死ぬと仮定して。この国の法律を守り、理性も用いて、やりたいこと、自分のやることを淡々とするだけ。

「名誉を愛する者は自分の幸福は他人の行為の中にあると思い、享楽を愛する者は自分の感情の中にあると思うが、もののわかった人間は自分の行動の中にあると思うのである。」

これいい、喜びが跳ね上がるものでも幻想なものでもなく内側から湧き出てくる確実なものになる。

またこれらに関連して最近考えることだが、これは全て自分のためにやっている、と思うこと。この態度が誠実なのではないかということ。

この本でも書かれていた。人を助けるときに見返りを求めてするのではなく、ただ助ける。自分の中でよっしゃ!やってやったぞ!とかは思っても全然いいと思うけど。この態度が自分の中で完結していて、誠実である。

家での出来事で、おれがやっちまったミスで、親があーって言ってて、でもおれはあえて名乗りでない。ここで簡単に言葉で謝ることはできるけど、ダメなんだ、おれにできる誠実な対応はこのミスを受け止めて再度起こらないように注意するしか、おれにできることはないんじゃないかって。まあこれは極端でちよいキモかも。

あとは思っていることを、自分の中の大事な核を簡単に口にしないこと。それをしてしまったその瞬間からおれの手元から離れてしまって、割れて飛び散って溶けてしまう。いかに大事なものでも脆すぎて、だから核は黙って自分の中で温め続ける、そんな感じユノウ。

自分が考えていること、書きたいことに関連していたら筆が進む。普段難しくて、言葉にすることと、沈黙とを天秤にかけて。まあ文章が稚拙で選択に影響を与えるところもあるのも事実だが。

おれは一つの死体を動かす小さな魂にすぎない。

このブログを通してできる限り血肉にする過程と、そして排泄と満喫、それを兼ねて。原点を忘れず memento moriとpassionで楽しみ続ける。

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